恋する君を描きたくて 第2話

昼休みになると同時に、僕は同じクラスの木村さんの机に向かった。
用事はもちろん、昨日交わした約束について考えてきた案を伝えるためだ。
「木村さん、ちょっと時間いいかな?」
「あっ、沖田君。んーと、お昼ご飯まだなんだけど・・・」
「何も生徒会の会議をするような雰囲気重視の場じゃないんだし、食べながらでもいいよ」
「・・・でも、昨日の約束に関するお話だよね?ここだとちょっと話しづらい話題かなーって・・・」
「うん、だから屋上にでも行こうよ。中庭でも構わないし。まだそんなに寒い時期じゃないから大丈夫だよね?」
「えーっと・・・まあいいか、いいよ、行こっか」
「あいよー」
江戸っ子風に返事する僕。さっきの授業中、木村さんにこうやって話しかけようとずっと目論んでいたので、ちょっとテンションが高いのだ。なんとか話がまとまったし、とりあえず教室を出る事にした。
ちなみに僕の昼食は既にお腹の中に収まっている。別に早食いは得意じゃないけど、早弁が得意だったりする。全然威張れる事じゃないけど。午前最後の授業が13時近くに終わるなんて、拷問にも程がある。かといって始業時刻を早められても困るので、妥協点を見つけたのが早弁なので許してたもれ。どうせ部活の前にも何か食べたりするし。って誰に言い訳してんだ僕は。
「屋上と中庭、どっちにするの?」
「そうだなあ・・・なんとなく屋上」
「なんとなくなんだ」
「うん、なんとなく。結構思うがままに生きるタイプなんで」
「あはは、そうなんだ」
とか取り留めのない会話をしつつ、屋上への階段を上る。


がちゃこん


屋上と校内を繋ぐ重い鉄製のドアを開けると、秋特有の涼しさを感じさせるささやかな風と、夏に鬼のような日差しを浴びせていたとは思えぬ程の穏やかな陽光が僕たちを包んだ。
「いい季節だなぁ」
「沖田君は秋が好き?」
「うん、秋が一番好きかな」
「私も」
他の人が聞いても面白味のないであろう世間話をしながら、屋上に設置してあるベンチに腰をかける。僕たち以外にもそこそこ屋上に来ている人たちがいるけど、少し距離を空ければ余程の大声で会話しない限り聞こえないだろう。
「じゃ、早速昨日考えてきた案があるんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ」
弁当箱を包んでいる布の結び目を解きながら木村さんは言う。中には小さな弁当箱が入っていた。そうは言っても、女の子としては標準的な大きさなんだと思う。育ち盛りの男としては全然足りなさそう。
「あれ?沖田君は食べないの?」
「食べない、っていうかもう食べちゃった」
「えっ?昼休み始まったばかりなのに?」
「いや、さっきの授業の前に」
「そうなんだ。意外に食べる方だったりするの?」
「まあそれなりに。ところで、本題に入っていいかな?」
「あ、ごめんね。いいよ、言って言って」
木村さんはお弁当箱の蓋を開いて食べ始めた。なんか僕のとは対照的だな・・・量より質、っていうか。
「うん。僕が考えた案なんだけど・・・」
ちょっともったいつけてから僕は続けた。
「やっぱり告白するしかないんじゃないかと」
「・・・・・・」
あ、黙っちゃった。お弁当を食べていた手も止まっちゃったし。まあストレートすぎて捻りも何もないものなあ。一応ちゃんと考えての結論なんだけど。昨日木村さんと別れてから、今日学校に来るまでずっと考えてて、実は少し寝不足気味だったりする。
「言いたい事はわかる。それが出来れば苦労はしないよね」
「まあ・・・そうだね・・・」
「そこでだ。僕が思うに木村さんは生まれてこの方、告白というものをした事がないと見たっ!」
「恥ずかしながらその通りです・・・」
「やっぱりね。つまり経験がないから不安なんだよ。勿論そこに初々しさみたいなものはあるだろうけど、結局言えなかったらそれも伝わらない」
「うん」
「だから練習する、ってのはどうかな?」
「練習?」
「そう、告白の練習。相手は僕」
「えええええ!沖田君に私が告白するのー?!」
大きな声を出して木村さんが驚愕する。それに反応して周りにいた何人かの生徒たちがこちらを見やる。しかも言った内容も内容だし、気になってしまうのは人間心理として当然の反応だと思う。
「ちょっ、木村さん、声が大きいって」
「だって、沖田君が急に変なこと言うから・・・」
変、なのか?
「まあ気持ちもわからないでもないけど、よく考えてみて。僕たちは昨日まで面識もほとんどなくて、お互いに恋愛感情は抱いていない。かといって緊張感がなければ練習する意味がない。そういった点から、僕は適役だと思うんだ」
「でも、そもそも告白って練習するものなのかな?ほら、ウェディングドレスだって結婚前に着ちゃうと行き遅れるとか言われてるし・・・」
「別にウェディングドレスと婚期の関連性は証明されてる訳じゃないんだし、迷信だって。僕も告白したこととか無いんだけど、やっぱり練習はすると思う」
「どうして?」
「言う事が頭の中で決まってても、それを実際に言葉にするのはすごく難しい状況だと思うんだ、告白現場って。だから、言えるようになるにはまず何でもない普通の状況でも言えなければいけない。なんていうか、ほら、演劇の練習みたいなものだと思ってくれれば」
言ってて微妙に違ってきてる気がする。でもここで僕が自信の無いような事を言ってしまったら、木村さんが承諾する事はありえないだろう。
「なんだか、言われてみるとそんな気もするね・・・」
よし、木村さんの気持ちが傾きかけてる!ここでもう一押しだ!
「いつか告白しよう、なんて悠長にしてたら誰かに取られちゃうかもしれないよ?善は急げ、思い立ったが吉日。何か出来る事があるなら、そこからやっていこうよ」
暗い未来図と前向きさを同時にアピールする事で、自分の提案を受け入れさせる手だ。なんだか悪徳商法の人が使ってそうな手だなあ・・・こういうの何て云うんだっけ。えーっと・・・そうだ、マッチポンプ
「そうだねー・・・うん、わかったよ。練習、やってみる!」
木村さんは右手に箸を持ったまま、両手で拳を作る。やる気だ。
「オッケー!じゃあ早速今日から始めよう!」
「え、今から?」
「いやいや、放課後。・・・あ、でも部活あるんだっけ?」
しまった、すっかり忘れてた。当たり前のことながら、練習には時間が必要になるわけだし。
「うん、あるよ。沖田君もあるんじゃないの?」
「まあ僕はこれが部活みたいなもんだし。結局モデルになって貰わないと何も描けないし」
「そっかあ・・・私の部活が終わった後でも良いかな?」
おお、こいつは渡りに舟。暗礁に乗り上げたかと思われた僕の提案だけど、無事航路に戻る事が出来たみたい。
「オッケーオッケー、ノープロブレム。じゃあ、昨日会った時間くらいにまたここで待ち合わせしよう」
「ここって屋上?」
「そう。その時間ならまず人はいないだろうし、気兼ねなくやれるよ」
「りょーかーい」
そんな事を言いながら、木村さんは敬礼のポーズをする。
「ほいじゃ、話も済んだし、僕は教室に戻るよ」
と、僕は腰を上げて屋上を出ようとした。
「えー、女の子を誘っておいて一人にするなんてひどいよー」
木村さんが抗議の声を上げてくる。
「一人で食べてても淋しいし、何かお話しようよ。約束の話だけじゃなくてさ」
「僕は構わないけど・・・いいの?」
「?何が?」
「いや、その、なんていうか・・・」
あんまり長居すると誤解されそうなんだけど・・・それで困るのは木村さんの方だし。
「なんだかよくわかんないけど、ほら、座って!」
袖を掴まれ、半ば無理やり座らされてしまった。木村さんって、そういう事に無頓着なのか、それとも僕が男として見られてないのか・・・どっちにしろ困ったもんだよなあ・・・。


結局僕は昼休みが終わる直前まで木村さんと会話を交わしていた。楽しかったから、まあいいか。


第3話につづく