恋する君を描きたくて 第3話

「よう」
「あれ、部長じゃないっすか。来てたんですかあ?」
「皮肉めいたものを感じるんだが、俺の気のせいか?」
僕が部室こと美術室に入ると、普段はあまりいないはずの田中勝彦がいた。一応美術部の部長だ。
「気のせいだよ」
「たまに来たらその言い草かよ。だから健が部長やれって言ったんだよ」
健っていうのは僕の名前。今までしなかったからここで説明するけど、僕のフルネームは沖田健。
「僕はそういう柄じゃないって。勝彦の方が部活の予算交渉とか上手いじゃん」
「まあ確かに健と比べれば俺の方がマシだけど」
「うわっ、さりげなくひどいこと言ってますな」
「さっきの仕返しだよ」
今の美術部は深刻な部員不足で、メインで活動しているのは僕と田中勝彦の二人だけ。部存続のために何人か兼部してもらっているけど、その人達が活動するのは文化祭の時期だけ。今年はそれも終わっちゃったし。
「今日はどうしたの?」
「ちょっと画材が足りなくなってさ。ここに置いてあるから取りに来た」
「ふーん、そっか」
勝彦は風景画中心に描くから外で描いてる事が多い。だから部室は僕1人だけで、活動しているのが1人にしか見えない。それで敬遠しちゃってる人もいるんじゃないかなあ。人が集まってる方が部には入りやすいだろうし。
「健はどうよ?」
「どうって何が?」
「決まってるだろ、コンクールに出展する作品だよ」
「あー・・・ぼちぼちってとこかなぁ。そっちはどうなの?」
「今んとこ順調。ま、健ならちゃんと仕上げると思うけど、悠長にしてられるほどもう時間ないぞ」
「わかってるって」
「なら良いけど。じゃな」
そう言って画材を手に持った勝彦は部室を出て行った。そしてまた僕は1人部室に残される訳だ。いつもの事とはいえ、ちょっと淋しい気持ちがしてしまうのは仕方がないだろう。
でも、今日の僕は部室で作業する気はない。ここ数日何を描こうかずっと悩んでるだけで、何も描いていない。そして昨日、ようやく描きたいものが見付かったけれど今は描く事が出来ないので、何かしようと思ってもそれは無理な話。
木村さんの部活が終わるまで、部室に置いてある本でも読んで暇を潰そうと来たというわけ。ごそごそと私物が置いてあるロッカーから読みかけの小説を取り出すと、僕はそれを読み始めた。


「・・・そろそろかな」
紅く染まった空が徐々に黒みを帯びてきた頃。読み終わらなかった本に栞を挟み元の場所に戻し、待ち合わせ場所である屋上に向かった。
昼休みに交わした約束。放課後に告白の練習をする。練習とはいえ女の子の告白シーンを目の前で指導しなきゃなんないんだよな・・・ちょっと緊張してきた。
屋上へ出る厚い鉄板の扉を開き外へ出る。放課後になってかなりの時間が経過しているから、思った通り誰もいない。ただし待ち人もいないので、どうやらもう少し待たなければならないみたいだ。
どこら辺でやろうかな、と思い練習するのに良さそうなポイントを探そうとした時、扉が開いた。
「ごめんね、待った?」
どうやら待ち人が到着したようだ。
「いや、僕も今来たところだから」
言ってから気付いたけど、なんかデートの待ち合わせみたいだな。
「それじゃあんまり遅くならないうちに早くやっちゃおうか」
「うん、わかったよ」
僕たちは適当なベンチに荷物を置き、それなりに雰囲気が出そうなポイントに移動した。それは屋上を囲っている鉄網の前。実際にここで告白シーンが行われたりしたんだろうか?
「一応説明すると、僕を先輩だと思って木村さんが告白。練習だと思って手を抜いたりしないで、本番だと思ってやってね」
「わかってる。わざわざ沖田君が手伝ってくれるんだもの、真面目にやらなきゃ悪いよ」
「オッケー。早速いってみようか。準備はいい?」
「いつでもいいよ!」
おっ、気合い入ってるねえ。そうでなきゃやる意味がないしね。僕は一呼吸おくと
「はい、スタート!」
と開始の合図をした。
「せ、先輩っ!あ、あの・・・」
木村さんは真摯な瞳で僕を見つめている。僕も黙って木村さんを見つめる。
「あの・・・わ、わた、わたし・・・先輩が・・・」
よし、もう一息だ。頑張れ!
「す・・・す・・・」
なんかもどかしいなあ。練習でもこれだけ緊張しちゃうくらいなんだから、本番だったらどれだけ大変なんだろう?
「す・・・・・・あーっ、だめだめ、やっぱりだめだぁー」
木村さんは真っ赤になった顔を両手で覆ってしまう。もうちょっとだったんだけどなあ。
「惜しかったなー。あと一言だったのに」
「それが難しいんだよぅ・・・」
「ま、練習だから失敗しても問題ないさ。本番で出来ればいいんだし。それじゃテイク2、いってみようか」
「え、も、もう?」
「ほら、ゆっくりしてると学校が閉まっちゃうし」
多分学校の玄関が施錠されるまで1時間も無いだろう。そうすると学校を出るのに職員室で事情を説明して職員玄関から出ないとならないので面倒なのだ。部活が遅くなって何回かそうしたことがあるけど、今回は男女2人だから出来る事ならそれは避けたい。
「そうだね。でもその前に深呼吸させて」
すー、はー、と木村さんが深呼吸をした。
「よしっ、いいよっ」
木村さんの準備が出来たみたいだ。さっきと同じように僕は一呼吸置くと、
「はい、スタート!」
さっきと同じ言葉で開始の合図をした。
「わーわわ、わた、あっ、せんぱ・・・えーと・・・」
もう最初から何言ってるかわからない。相当テンパってる。
「落ち着いて」
小声で僕は木村さんをなだめようとする。
「はわわ〜」
何が何やらわからないほど混乱してしまったようだ。テイク2も失敗。


そんな感じで今日はテイク7までやったんだけど、結局最後まで告白の言葉を言い切ることは出来なかった。先輩と話すのは普通に出来るのに、こういうのはたとえ練習でもやっぱり相当の勇気がいるんだなあ。モデルの話を抜きにしても、木村さんには頑張って恋を成就して欲しいし。
明日も同じように練習する事を約束して、今日は解散。
「ごめんね。私、明日こそは頑張るよっ」
「練習だから気にすることないよ。その意気で早く恋を実らせようよ」
「・・・沖田君って結構恥ずかしいセリフ平気で言えるよね・・・私もそれくらい言えたらな・・・」
「ん?何か言った?」
「ううん、なんでも。それじゃ、また明日ね!」
「ばいばい」
そして僕らはそれぞれの家へ帰っていった。


第4話につづく