防災の日

今日は防災の日です。
私はこの日になると、いつも松上君のことを思い出します。


私の小学校では、9月1日防災の日に始業式を行い、
その後に防災訓練をするという習慣がありました。
早く帰りたいのに余計なイベントを行ってくれるお陰で、
なかなか帰れなかったのを覚えています。


小学6年生の時もその防災訓練は執り行われました。
さすがに小6ともなると、決まった時間に決められた行動をするだけの受動的な訓練に
何の意味があるのだろうと疑念を抱かずに入られなかったのですが、
それは私だけでなく、友人であった松上君と今井君もそう思っていたようです。


まだ残暑の厳しいクソ暑い中、校長のクソ長い話をする始業式を終え、
生徒全員教室で待機させられておりました。
11時になり校内放送が流れます。
「家庭科室で火災が発生しました。生徒の皆さん、落ち着いて避難してください」
アンタは落ち着きすぎだ。
仮にも訓練なのだから、もっと緊張感を持って指示すべきだと思いました。


ともあれ、生徒はハンカチを口にあて、煙など全く発生していない廊下に出ます。
押さない、走らない、喋らないの「おはし3原則」を守り、全校生徒は校庭に集合しました。
しかし松上君と今井君は、避難途中に「悪ぃ、俺らトイレ行ってくる」と告げ、
離脱してしまったので校庭にはいませんでした。
学級委員長が人数を数えている際にそのことを伝え、
それを知った先生は「またあいつらは・・・」などと溜め息をついていました。


まもなく遅れて校舎から松上君と今井君が出てきました。
軽く先生に怒られ、列に並びます。


全校生徒が集合したのを確認すると、またも校長の長い話が始まります。
朝も延々と話したばかりなのに今度は防災の件で話をするとは、
どうせなら一度に片付けて欲しいものです。


そんな中、松上君と今井君が私に話しかけてきました。
「なあなあ、俺らさ、本当に火事にしてきたぜ」
「そろそろ理科室から煙が出てくるから見てな」
ととんでもないことをのたまい始めました。



おいおい、そりゃ犯罪だろ。
冗談だと思い、相変わらず話に夢中な校長に目を向けると、
なんと後ろの校舎から本当に煙が立ち昇ってくるではありませんか。


「火事だー!」
真っ先に松上君が声を上げました。
それに呼応するように周りの生徒達が
「えっ、どこどこ?」「あっ、ほんとだ!」などとざわめき始めました。


こうなってしまうと校長も話どころではありません。
一旦話を中断し、若い先生に様子を見に行かせたようです。


しばらくしてその先生が戻ってくると、手に持っていたのは発煙筒。
なるほど、あれで煙を発生させていたわけか。
タネがわかった私は松上君と今井君にそれを確認すると、やはりビンゴ。


校長の話が先程までとは一変し、このイタズラに関する話になりました。
こんな悪質なイタズラをする子は誰だ、とか、本当に火災が起きたらどうするんですか、とか
ただでさえ長い話が更に長くなってしまいました。
ここまでは予想できなかったらしく、松上君も今井君もうんざりした顔をしていました。


しかし事態は更に意外な展開を見せていきます。
またも校舎から煙が立ち昇ってきたのです。
今度は先程の白煙とは打って変わって、どす黒い煙です。


再度若い先生が様子の確認に向かい、戻ってくると
「今度は本当に火事です!給湯室が燃えてます!」と
大声をあげました。


不幸中の幸いとでも申しましょうか、全校生徒は校庭にいるわけで
避難をする必要は当然なかったのです。
間もなく消防車が到着し消火活動に当たりましたが、
残念ながら給湯室のある棟の4年生、6年生、そして職員室は燃えてしまいました。


ここで喜んだのが宿題を未だに終えていなかった生徒です。
やっていなかったとしても、燃えてしまったと言い訳すればいいのですからとんだ儲け物です。
逆に不幸なのが、ちゃんと宿題を片付けてきた大部分の生徒たち。
私も昨日の夏休み最終日、必死になって片付けてきた宿題が水疱に消えました。
松上君と今井君は終えていない派だったので狂喜乱舞でした。


ただし世の中はそんなに美味しい事ばかりでなく、
私たち3人の会話を聞いていた誰かが、
「放火した」とか物騒な会話をしていたことをチクったらしく、
あとでこっぴどく先生に説教されることとなりました。
本当に起こった給湯室の火事は職員のうっかりだという事でしたが、
やはり悪質なイタズラであるとお咎めなしというわけにはいきませんでした。
何故かこの件に私は一枚も噛んでいないのに、一緒に怒られました。
踏んだり蹴ったりでした。


時は流れ、4年後。
中3で受験勉強に追われた夏休みを追え2学期に入ったその日でした。
奇しくも日付は9月1日、防災の日だったのです。


松上君の家が全焼しました。


原因はタバコのポイ捨てらしく、火のついたままのタバコが松上家の庭の雑草に引火、
その火が家にまで及び全焼という残念な事態になってしまったのです。


その日の松上家には、松上君とその妹と弟しか在宅していませんでした。
火に気付いた松上君は、妹と弟を素早く連れ出し難を逃れたのです。
この行いにより、松上君は一躍ヒーロー扱いされるようになったのです。
自分の身の危険を顧みず兄弟を助けたその行為、確かに評価するに値します。


しかし私は真相を聞いてしまったのです。
実際には松上君が助け出したのではなく、火に気付いたのは妹と弟だったのです。
では松上君は何をしていたのかというと、私が学校帰りに貸したAV鑑賞の真っ最中でした。
AV鑑賞中に自分の部屋のドアが激しく叩かれ、
うっせーなー、と思いつつ応対したら「家が燃えてるよ、お兄ちゃん」と。
つまり妹と弟が松上君の命の恩人であり、もし妹と弟が助けに来なかったら
松上君はオナニーしながら焼死体となってしまったのかもしれないのです。


それが何を間違って伝わったのか、松上君が助けたことになりヒーロー扱いです。
評価されるべきは妹と弟なのに、近所のオヴァチャンに「いいお兄ちゃんがいてよかったねー」
などと言われる始末です。兄弟の心中たるや・・・。


しかもその出来事により、4年前の防災訓練の日に起こった発煙筒事件、
あれは全校生徒をより長く校庭に留めておく事で被害を食い止めようとした行為だと言う者が現れ
悪行だったはずの彼の行為は一変して大絶賛されるようになったのです。


松上君も自分がちやほやされているのに気分が悪いわけがありません。
言われるがままに賞賛を受け入れ、私と今井君以外に真相を話すことはなかったでしょう。
自宅が全焼という憂き目に遭いながらも松上君が強く生きていけたのは、
この「勘違いわっしょい」のお陰だったのかもしれません。


だが私は知っています。
松上君は何も良い事はしていない。むしろ悪い事しかしていないんです。
小6の時はお説教の巻き添えになり、中3の時は秘蔵のAVを失ってしまったのです。
私は何処に救いを求めればよいのでしょうか。