旅に出よう!〜後編〜

前編のあらすじ
旅に出るのはいいものだという持論の僕はある秋の日に石川県金沢市に観光に出掛けました。そこで殺人未遂事件に遭遇するという奇妙な体験をしつつ、東京に戻り日常へ僕は戻りました。


旅から半年後、職場に遅刻しそうになった僕は急いで家を出たところ、隣人の開いたドアに激突するという間抜け技を披露する。僕が夜に帰宅したところ鍵が見付からず今朝の事件現場を捜索するがやはり見付からない。途方に暮れていると朝はすぐに別れた隣人の女性が鍵を拾ってくれていた。


お礼と謝罪を言い自室に入ろうとすると、突如隣人の女性が料理を作りに来ると提案。それを受け入れた僕は即行で部屋を片付けて彼女を招き入れる。そして出てきた豪勢な手料理の美味さに感動しつつ欠食児童のように食事を平らげました。


まああらすじよりも読んだ方がよくご理解頂けると思います。



その後、まったりと彼女の淹れてくれたお茶を啜りつつ歓談していました。彼女は今年めでたく大学に合格し、上京し一人暮らしを始めたらしいです。僕も自分の境遇について簡潔に説明してみたり、この辺にまだ疎い彼女にオススメのスーパーなどを教えたりと、多くの情報を交換していました。そんな会話の中、唐突に彼女が訊いてきました。


「あの、こんな質問するのはちょっと図々しいかもしれないんですけど・・・」


「うん、何?」


「・・・今付き合ってる人って・・・・・・いるんですか?」


「えーっと・・・うん、残念ながらいないんだよねー、あははは」


「あっ、そうなんですか・・・」


僕の返答に言葉を返した彼女は、押し黙ってしまいました。視線を食器を片付けて湯のみしか置いていないテーブルに向けたまま、口を真一文字に結んで何も喋ろうとはしません。僕はさっきの質問が原因で彼女は気まずくなってしまったのだと思い、なんとか場の空気を変えようと別の話題を考えます。ややあって適当に思いついた言葉を口にしようとしたその瞬間、


「あ、あの!去年金沢に行かれましたよね?」


先程まで口を閉ざしていた彼女がやおら質問を投げかけてきました。それ自体に少々驚き戸惑いましたが、すぐに彼女の言葉の内容を反芻します。


「確かに行きましたけど・・・どうして?」


そんな事を知っているのだろう?そんな意味を込めて返事をしました。


「ストーカーに襲われそうになっていた女子高生を助けましたよね?」


「あー、そんな事もありましたね。お陰でとんだ旅行に・・・」


「その時の女子高生が私なんです!」


「・・・えっ?」


賢明な読者の方は既にお気づきでしょうが、その時の僕は鳩が豆鉄砲喰らった様な顔で唖然としてしまいました。よもや二度と逢わないと思っていた人が突然自分の家にやってきて手料理を振舞ってくれるとか、もう色んな事実が頭の中を駆け巡り大混乱です。大根覧です。ああ、何だこりゃ。


「あの時はお礼も出来ず、連絡先も教えて頂けなかったので途方に暮れていました。でも後で警察の方にお名前と住所を教えてもらって、あなたがここに住んでいるのを知ったんです。丁度運良く今の私の部屋が春から空室になると聞いて、一も二も無く入居を決めました。でもなかなか勇気が出なくって・・・それで今朝のアクシデントをきっかけにしてやっとお話しすることが出来て・・・すっごく嬉しかったです」


「そうだったんだ・・・」


ですが腑に落ちないことがありました。仮に彼女がとても義理堅い人間だとしても、果たしてそこまでする必要があるのでしょうか?連絡先がわかったのなら、電話の一本でも入れれば済みますし、特別何かお礼がしたいのなら配送すれば十分事足ります。


「私はもしかしたらあそこで死んでいたかもしれません。それを救ってくれたあなたにどうしてもお礼がしたかったんです。・・・お願いがあります。私を・・・彼女にしてください!


「・・・な、なんですとー?!」


意味不明な返答をしてしまう僕。さっきの驚愕とは比べ物にならないくらいの爆弾発言に、自分のキャラじゃない変なキャラが顔を出してしまったようです。


「あれからずっと好きでした。これからいっぱいいっぱいお礼をしていきたいんです。ですから、お願いできませんか?」


「そ、そりゃー君みたいな子が彼女だったら嬉しいけど、あれくらいで・・・」


「そんなことはありません。もし一歩間違えていたらあなたが・・・その・・・死んでしまったていたかもしれません。危険を顧みず私を助けてくれたんですから、好きになってもおかしくありません」


「でもなー・・・別に正義感とかそんなんじゃなく、なんとなく体が動いちゃっただけだし・・・」


「それを思うだけで出来るなんてすごいじゃないですか!・・・あ、やっぱり私みたいな女じゃダメですか・・・?」


「いや、全然そんな訳ないって!むしろ君みたいな可愛い子が僕なんかで良いのかなーって・・・」


「良いです!あなたが良いんです!私、本気で好きなんです!」


ものすごい真摯な眼差しで彼女は僕を見つめます。シャープですが優しさを感じさせる顔立ちでサラサラの黒髪が肩にかかり、僕より背は少し低いみたいで愛らしさを醸し出しています。どこかまだ子供らしさが残っていて、一般的には可愛い子であると迷いなく断言できるでしょう。ストーキングされてもおかしくありません(本人にしたらとんだ迷惑ですが)。そんな子が僕を好きだと言ってくれている。・・・もしドッキリだったらどうしようかとふと脳裏を過ぎりましたが、性格的に人を騙すようなタイプには思えませんでした。


「うん、わかったよ。僕の彼女になってください」


「あ・・・は、はい!」


満面の笑顔で返事をすると、嬉しさで感極まったのかぽろぽろと彼女は泣き出してしまいました。向かいあって座っていた僕は立ち上がり彼女の横に座り彼女を胸に抱きました。あまりに愛おしい彼女を見ていたら自然とそうしていたのです。


二人が恋人の関係になってからの僕の生活は一変しました。ついこの間まで代わり映えのしない日常を過ごすだけの僕でしたが、彼女に逢うのが楽しみで一日過ごすようになりましたし、休日にデートに出掛ける事を思うと仕事にも身が入りました。いつの間にか僕も彼女に好意を抱くようになっていたのです。


ある日、デートで某テーマパークに遊びへ行きました。いい歳した男が一人ではまず訪れないテーマパークで勝手がわかりませんでしたが、彼女と二人でいればそんなのは些事であり自分たちの世界を創り上げ大いに楽しんでいました。陽も傾き夕刻が訪れた頃、定番ではありますが観覧車に乗りました。


「・・・私、すごく幸せです」


僕と向き合って座っている彼女が笑顔で言いました。


「大学に行って充実したキャンパスライフを送って、家に帰ったら隣に恋人が住んでて・・・いっぱいデートして大好きな人と一日中一緒で・・・たまに思うんです、夢じゃないかなって。それくらい本当に幸せ」


夕陽でオレンジ色に彩られた彼女の笑顔が自分だけに向けられている。それは幻想的なまでに綺麗な情景で、ずっと今という時間が続いたらいいなと思いました。僕は彼女に対する愛おしさが抑えきれず立ち上がると、彼女の両肩に手を置き顔を合わせます。必然的に上目遣いになっている彼女の潤んだ瞳と僕の視線が交錯し、夕陽のせいか照れのせいかほんのりと頬を紅く染めた彼女は目を瞑りました。僕はゆっくりと彼女の唇に自分の唇を近付け、二人は初めてのキスを─────


「・・・君!ちょっと君!」


「・・・あ、かっ課長っ?いつからそこに?」


「課長じゃないよ!さっきからぼーっとして、ちっとも仕事が進んでないじゃないか!」


「す、すみません!ちょっと考え事してまして・・・」


「ほほーう、君はいつから仕事中に考え事が出来るほど偉くなったのかね?」


「・・・以後気をつけます・・・」


「全く、しっかりやってくれたまえよ!」


ちっ、良いとこだったのに邪魔しやがって。まあ自分が悪いんだけどさ。


旅は英語で『trip(トリップ)』と言います。そして今の私のように妄想に耽るのも『トリップ』と言います。実際に体を未知の土地へ運ぶことが困難であるなら、思考だけでも彼方に飛ばしてみるのも良い気分転換になるのではないでしょうか。うん、上手い事言った。


ちなみに彼女のイメージボイスは新谷良子さんでした。だからわざわざ新谷さんの出身地である石川県を題材にしたんですよ。


しかしトリップ中に人が来たのに気付かないなんて、これじゃ『CLANNAD』の伊吹風子じゃないか。ゲームでプレイしているとこんな訳ないだろうとか思っていたけれど、現実にもあり得るんだな・・・


「グラァァァァァァ!仕事しろっつってんだろがボケがぁぁぁぁ!くぁwせdrftgyふじこlp;@:orz」


「すーすすっすみませーん!今やりまぁっす!」




今日の言い訳


誰かが私からIIDX REDとIIDX8thとQMA2を奪えば、もっとちゃんと書くんじゃないかと思います。
てゆーか後半とっくに完成してたのに、UPするのが面倒で結局1週間後とか何やってんだか。